研究内容

物質開拓を基点とした創発エレクトロニクス・スピントロニクス

 私たちは、幾何学的な性質(トポロジー・対称性・次元性など)に立脚した新物質開拓を通じて、革新的なエレクトロニクス・スピントロニクス機能を実現することを目指しています。

 通常、電子の振る舞いは外部から与えられた電場や磁場によって制御されます。一方、トポロジカルな秩序構造を伴う物質中では、電子が曲がった空間を感じることにより「創発電磁場」と呼ばれる巨大な仮想電磁場が生じることが発見され、その積極的な活用は物質中の電子の制御手法を根底から変える可能性を秘めています。

 本研究室では、こうした系のトポロジー・対称性・次元性に由来した未踏の量子現象が発現する新物質の設計・開拓を行うとともに、微細加工技術を駆使したマイクロデバイスの作成・計測を通じて、超低消費電力な情報処理・超高感度なセンシング等の応用につながる、新しい電子機能の実現に取り組んでいます。

創発電磁場の起源としては、たとえばスキルミオン(実空間における渦状の磁気構造)や、ワイル点(波数空間における電子構造のバンド交差点)が知られています。こうしたトポロジカルな秩序構造を伴う新物質の開拓と機能解明を行うことが、本研究室の主な目標の一つです。

時間反転対称性の破れた反強磁性体の開拓

 現在の磁気記憶素子で用いられている、スピンが平行に整列した強磁性体では、時間反転対称性の破れに起因して、磁気情報の保持・読み出し・書き込みが可能となっています。

 一方、スピンが反平行に整列した反強磁性体の場合、通常は時間反転対称性が保たれており、強磁性体と同様のアプローチによる情報処理は不可能です。

 しかし最近の研究によると、非共線・非共面な複雑なスピン配列を持った反強磁性体の場合には、しばしば時間反転対称性を破ることが可能であり、この場合は磁化がゼロであるにも関わらず、物質内部に量子力学的位相に由来した巨大な仮想磁場が生じることがわかっています。

 本研究室では、これまで実験的に未開拓だった時間反転対称性の破れた反強磁性体の集中的な探索を行うことで、磁化が従来担ってきた様々な物質機能を仮想磁場によって代替し、強磁性体に代わる次世代の情報機能材料として活用することを目指しています。

[1] H. Takagi, S. Seki et al., Nature Physics 19, 961 (2023).


世界最高の情報密度を持つ磁気スキルミオン

 磁気スキルミオンは、トポロジカルに安定な粒子としての性質を伴った渦状スピン構造で、次世代の超高密度・超低消費電力な磁気記憶素子のための新しい情報担体の候補として、近年盛んに研究されています。

 従来、スキルミオンの形成には、空間反転対称性の破れた特殊な結晶構造の下で生じるDM相互作用と呼ばれる機構が利用されており、この場合には数百〜数十ナノメートル程度の直径のスキルミオンが実現できることが知られていました。

 一方で、最新の理論研究によると、金属中を自由に動き回る遍歴電子が媒介する相互作用を利用することで、ありふれた単純な結晶構造の下で、従来よりも1桁以上小さな、数ナノメートルの直径のスキルミオンを実現できることがわかっています。

 本研究室では最近、この新しい指針に基づいて、世界最小のスキルミオンを実現する新物質を発見することに成功しました。さらに同理論に基づいて、より多彩なトポロジカル準粒子の発見にも成功しており、さらなる新物質開拓を通じて、その超高密度な情報担体としてのポテンシャルを明らかにすることを目指しています。

[1] N. D. Khanh, S. Seki et al., Nature Nanotechnology 15, 444 (2020).
[2] H. Yoshimochi, S. Seki et al., Nature Physics (2024). [Advanced online publication]
[3] R. Takagi, S. Seki et al., Nature Communications 13, 1472 (2022).
[4] Y. Yasui, S. Seki et al., Nature Communications 11, 5925 (2020).


スキルミオンストリングの3次元形状とダイナミクスの解明

 2次元系におけるスキルミオンは粒子としての性質を持ちますが、バルク結晶のような3次元系では、スキルミオンは「ひも」状の構造を持つことが知られています。

 本研究室では、X線磁気トモグラフィーと呼ばれる実験手法を活用する(様々な角度から観察した透過像を合成することで3次元像を再構築する)ことにより、スキルミオンストリングの3次元形状を直接実験的に観測することに初めて成功しました。

 また、伝搬スピン波分光法と呼ばれる測定手法を用いて、スピン励起の伝搬特性を評価することにより、スキルミオンストリングが異なる伝搬特性・分散関係を伴う3つの伝搬励起モードを持つこと、またこの励起モードが「ひも」の直径の1000倍以上の極めて長い距離を伝搬できることを明らかにしました。

 スキルミオンストリングは、超伝導体・超流動体における渦糸や、宇宙論の分野で議論されている宇宙紐と類似した性質を持ち、トポロジカルな保護に由来して自由に曲げることができるほか、その励起モードは曲がった「ひも」に沿って伝搬することが理論的に予測されています。上記の結果は、スキルミオンストリングをフレキシブルで強靱な情報伝送ラインとして利用できる可能性を示しています。

[1] S. Seki et al., Nature Materials 21, 181 (2022).
[2] S. Seki et al., Nature Communications 11, 256 (2020).


マグノン・フォノンの非相反伝搬現象(ダイオード効果)の観測

 キラルな構造を持った磁性体のように、時間反転対称性と空間反転対称性の両方が同時に破れた系では、順方向・逆方向に伝搬する準粒子流が異なる伝搬特性を示す、「磁気カイラル効果」と呼ばれる現象(一種のダイオード効果)の発現が予測されています。

 従来、この現象は光と伝導電子に対してのみ報告されていましたが、本研究室では新たに磁気励起(マグノン)と格子振動(フォノン)に対しても、同様のダイオード効果が発現することを実験的に明らかにしました。

 マグノンやフォノンは、絶縁体における熱流の主要な担い手としても知られており、上記の発見は効率的な熱制御のための新しい基盤技術の開発につながることが期待されます。

[1] T. Nomura, S. Seki et al., Phys. Rev. Lett. 122, 145901 (2019). [Editor’s suggestion, Highlighted in Physics]
[2] T. Nomura, S. Seki et al., Phys. Rev. Lett. 130, 176301 (2023).
[3] R. Takagi, S. Seki et al.Phys. Rev. B 95, 220406(R) (2017).
[4] S. Seki et al., Phys. Rev. B 93, 235131 (2016).


電場で制御可能な磁気スキルミオンの発見

 金属中のスキルミオンは、電流によって動かすことができますが、この方法ではジュール発熱(電流の2乗に比例)に伴うエネルギー損失が避けられないという課題がありました。本研究室では、キラル対称性に立脚した物質設計指針に基づいて、スキルミオンを伴う初めての絶縁体物質(Cu2OSeO3)を発見することに成功し、さらに絶縁体中のスキルミオンが電気分極を誘起していることを明らかにしました。このようなスキルミオンと電気分極の強い結合は、電場によってスキルミオンの安定性やダイナミクスを制御できることを強く示唆しています。実際にその後の追加実験により、電場によるスキルミオンの不揮発な生成・消去や、共鳴運動の駆動ができることも証明されました。

 金属中の電流とは異なり、絶縁体中の電場はジュール損失を生じないことから、上記の発見はスキルミオンを電気的に制御するためのよりエネルギー効率の高い手法を与えていると考えられます。

[1] S. Seki et al., Science 336, 198 (2012).
[2] Y. Okamura, S. Seki et al., Nature Communications 4, 2391 (2013).
[3] Y. Okamura, S. Seki et al., Nature Communications 7, 12669 (2016).